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福岡高等裁判所 昭和46年(行コ)11号 判決 1973年1月25日

控訴人

西田稔夫

右訴訟代理人

井上勝

被控訴人

小倉税務署長

山口猛

右指定代理人

山本秀雄

外四名

主文

原判決を取り消す。

控訴人の昭和四二年度分所得税の更正請求に対し、被控訴人が昭和四三年八月一四日付でした更正請求棄却決定は、これを取り消す。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一当事者間に争いのない事実は、原判決理由一の(一)ないし(三)記載のとおりであるから、これを引用する。

二控訴人は、訴外双葉会が、昭和四〇年四月二七日、その経営する双葉学園の園舎新築工事について、訴外中和建設工業株式会社との間に工事請負契約を締結した際、同会社との間に双葉会の負担すべき請負代金債務について保証契約を結び、その保証債務の履行として前記譲渡益金の内金四一八万九、〇〇〇円を支払つた旨主張するので判断するに、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

社会福祉法人双葉会は、その経営する養護施設双葉学園の園舎が老朽化したため、同学園創立二〇周年記念事業として園舎を新築することとなり、その建築資金として、日本自転車振興会から金一、五四三万円、北九州市から金一三七万五、〇〇〇円の補助金の交付を受け、その他一般から金一、〇〇〇万円の寄附金を募集してこれに充てることを計画した。そこで、双葉会の理事長の職にあつた控訴人は、昭和四〇年四月頃、訴外中和建設工業株式会社との間に、右園舎新築工事につき工事代金を金二、六七七万七、三五〇円とする工事請負契約を締結したが、その際、控訴人は訴外会社に対して右資金計画を示すとともに、寄附金の募集が予定額に達せず資金に不足を生ずる場合には、控訴人において右工事代金債務を保証し、自己の所有財産を処分してでも責任をもつてこれを完済する旨約したので、右会社も、双葉会には何ら資産がなく、また寄附金の収入額も不確定ではあつたが、控訴人を信用して右請負契約を締結するに至つた。そして、園舎新築工事は同年一〇月頃には完成したが、一般募集の寄附金は、募集期限である昭和四二年三月までにようやく金二九四万一、三一三円に達した(この点については当事者間に争いがない)のみで、目標額を大幅に下廻つたため、完成と同時に支払うべき工事残代金を支払うことができなかつたので、控訴人は社会事業振興会から個人保証をして金三〇〇万円を借入れ、右工事代金の一部を弁済したが、なお残金四四〇万円の未払を生じた。一方、訴外会社においても双葉会の前記募金情況を汲んで工事代金の支払を猶予していたが、そのうち同会社自身が資金難に陥つたため、控訴人に対して保証債務の履行を強く求めるようになつたので、控訴人もやむなく昭和四二年二月二七日その所有にかかる北九州市小倉区大字長行字三段五二八番二雑種地14.88平方メートル外二筆の土地を訴外段谷不動産株式会社外一名に代金合計一、二四五万九、〇〇〇円で売却し(この点については当事者間に争いがない)、その譲渡益金のうち金四四〇万円を前記工事残代金の弁済として中和建設工業株式会社に支払つてその保証債務を履行した。

もつとも、前記<証拠>によれば、双葉会と訴外会社間の請負契約締結につき曾我薫が注文者である双葉会の保証人として右会社との間に書面による保証契約を締結していることが認められるが、多額の債務を負担する一個の契約を締結するに際し、数人の保証人を立てることは世上一般に行われていることであるばかりでなく、前掲各証拠を総合すれば、曾我は双葉学園の園舎新築募金会の代表発起人としての地位にあつた関係上、控訴人の依頼に応じて保証契約を締結したが、同人と控訴人間の内部関係においては、控訴人が工事代金の支払については全責任を負い、同人には負担をかけないことを約していたこと、ただ、控訴人は双葉会の理事長の立場で注文者として前記請負契約を締結していたので、契約書の形式上、控訴人が保証人として署名するよりも、第三者である曾我を保証人に立てることが適当と判断して同人に保証を依頼したにすぎないこと、そして、この事は訴外会社においてもその事情を了承し、第一次的な保証責任は控訴人にあると考えていたことが認められるので、曾我と訴外会社間の前記書面による保証契約の存在をもつて直ちに控訴人の前記口頭による保証契約の成立を否定することは許されない。

また、前記<証拠>によれば、前記金四四〇万円は、控訴人から福岡銀行小倉支店の双葉会の口座に園舎新築寄附金として振込まれ、これによつて双葉会が訴外会社あてに振出していた金四四〇万円の約束手形の決済がなされたことが認められるが、当審における控訴本人尋問の結果によると、このことは、一つには双葉会が監督庁から金一、〇〇〇万円の寄附金募集許可を得ていたにもかかわらず、実績は目標額を大幅に下廻つたため、双葉会の事務担当者が監督官庁に対する思惑もあつて、税法上の問題を顧慮することなく寄附金の形式で処理したものであり、他方また、前記双葉会振出の約束手形を決済するためには、同会の前記銀行口座に右金員を振込めば自動的に処理できる手続上の便宜からそのような措置をとつたことが認められるので、右<証拠>をもつて、右金員の支払いが実質的には保証債務の履行であるとの前段認定を左右することはできない。

以上の認定にしたがえば、控訴人は双葉会と中和建設工業株式会社間の工事請負契約につき、同会社との間に口頭による保証契約を締結し、その保証債務を履行するため前記各土地を譲渡し、その譲渡益金四四〇万円をもつて右会社に対する工事残代金を弁済したものというべく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。したがつて、控訴人は双葉会に対し、右保証債務履行による求償権を取得したものというべきである。

三ところで、保証債務を履行するため特定の資産を譲渡した場合に所得税法六四条二項による特例措置が適用される要件としては、保証債務の履行に伴う求償権の全部または一部を行使することができなくなつたこと、およびその行使できない金額は不動産所得の金額、事業所得の金額または山林所得の金額の計算上必要経費に算入されないものであることを要するので、以下右要件の有無について判断する。

<証拠>によると、双葉学園は、昭和二〇年九月一五日控訴人の亡父西田好之助により戦災児収容所として設立され、その後児童福祉法による養護施設として認可され、個人において経営が続けられていたが、昭和二九年一月二七日社会福祉法人の設立認可を受け、常時一〇〇名前後の児童を収容して来たが、前記園舎新築に伴い更に昭和四一年四月一日以降は児童福祉法による保育所設置の認可をも受けて社会福祉事業を経営していることが認められるところ、双葉会には前述のとおり基本財産たる園舎のほかにはみるべき資産もなく、<証拠>によれば、双葉学園の経営は主として児童の委託費、国または地方公共団体による補助金、共同募金からの配分その他寄附金等によつて賄われており、その収入をもつて学園の施設費、事務費、事業費を支出すれば余剰金を生ずる余裕はなく、そのほかに収益を目的とする事業を営むものではないため特別の収入はないこと、したがつて控訴人が双葉会に対し前記保証債務の履行による求償権を行使しようとしても前記歳入金から分割弁済を受けることは事実上不可能であり、一時に求償を受けようとすれば、双葉学園の園舎たる建物を処分する以外に方法はないが、国または地方公共団体の補助事業として建築された右園舎を処分する場合には、厚生大臣の承認を必要とし、その承認を得ることは殆ど期待し難いことが認められるばかりでなく、仮にその承認を得たとしても、右園舎を処分すれば児童の収容は不可能となり、ひいては双葉会の社会福祉事業の遂行を不能ならしめ、同会は解散のやむなきに至ることは明白であるというべく、かかる結果を招来することは、社会福祉事業の社会公共に対する責任の見地からも極めて遺憾なことであり、また双葉会の理事長たる地位にある控訴人としても全く堪え難い事態であることは容易に推認しうるところである。

以上の事実によれば、控訴人の右求償権の行使は事実上不能に帰したものというべきであるが、所得税法六四条二項にいう求償権の行使不能とは、法律上求償権が消滅した場合を指すのみならず、法律上は求償権が存在するが、その行使が事実上不能に帰した場合をも含むものと解されるから、本件においては控訴人は右要件を充足しているものといわなければならない。

さらに、<証拠>によれば、右求償権の行使不能により生じた損失の金額は、不動産所得の金額の計算上必要経費に算入されないものであることも明らかである。

したがつて、控訴人の本件譲渡所得は、所得税法六四条二項一項によつて所得がなかつたものとみなされる場合に該当するものと認めるのが相当であるから、被控訴人としては、控訴人の所得税を計算するにあたり、所得税法施行令一八〇条二項により右譲渡所得内金四一八万九、〇〇〇円は非課税所得として処理すべきものであつたといわなければならない。

四してみれば、控訴人の本件更正の請求は理由があり、これを棄却した被控訴人の決定は違法として取消すべきところ、右と趣旨を異にする原判決は不当であるから、これを取消すこととし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(内田八朔 矢頭直哉 藤島利行)

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